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映画評:マイケル・ムーア『ボウリング・フォー・コロンバイン』

この記事の最終更新日:2006年4月23日
(以下の映画評は2005年12月に別サイトで発表済みの文章をもとに作成しています。)

ボウリング・フォー・コロンバイン
ボウリング・フォー・コロンバイン
マイケル・ムーア監督

関連作品
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マイケル・ムーア監督/製作/脚本/出演。2002年。

アメリカの銃社会をテーマにしたドキュメント・コメディ映画。

マイケル・ムーアにいつか会いたいと思った。小説とか映画とか、作品に感動しても、作者と会いたいという気持ちにまではなれない。会ったら怖そう、とっつきにくそう、私と同じで人間嫌いそうと思ってしまう。マイケル・ムーアはアメリカ嫌いかもしれないけど、会ったらいろんなことについて楽しく話せそうだ。作品の中には、クリエイターなら見習うべき技法がたくさん示されている。秀逸なのは、個人の心の問題と、社会事件と、政治経済を結びつけて考える視点を提供していること。

日本の文学は今でも家族をテーマにした小説が多い。日本人の外国文学好きは「まだ家族で延々やってるのかよ」と誰でもつっこみたくなる。狭苦しい小さな世界で延々と私情語られてもしょうがないだろうと思ってしまう。日本を覆う家族の閉塞感は、社会事件や世界規模の政治経済動向と密接に関わっている。日本家族と歴史・経済・政治・戦争との関わりをときほぐす作品があれば面白い。

ムーアが秀逸なのは、コロンバイン高校で起きた銃乱射事件と、クリントン政権のコソボ空爆の連関を問題提起していること。クリントンが最大規模のコソボ空爆実施の記者会見を行なった1時間後、コロンバイン高校の銃乱射事件が起き、続けてクリントンは国内の悲劇を憂う記者会見を開く。「全然関係ないみたいだけど、空爆と銃乱射って、もしかしてつながってるのかも」と思わせる演出がうまい。

コロンバイン高校のすぐ近くにあるミサイル製造工場にムーアはインタビューに向かう。ミサイル製造と銃撃事件に関係性はないかというムーアの質問に、工場の人間は、二つは関係ないと答える。普通に考えればそりゃそうだ。しかし、「個人的な怒りでミサイルは発射しないものだ」という工場側の人間の発言後、ムーアはアメリカが引き起こした対外戦争の映像をワンショットずつ流していく。ベトナム、コソボ、キューバ、イラクなどなど、連続して人が撃たれる映像を見ると、どれも理不尽なように思える。自由主義、民主主義、平和の確保のためという理由で戦争が起きても、子どもが殺されるわ、大統領は暗殺されるわ、ろくなこっちゃない。

一方で、ムーアは銃撃事件と暴力的な音楽の結びつきを連想して、ロックを弾劾する社会の風潮に疑問を投げかける。

銃乱射時件を起こした犯人がゴシック・ロックの人気歌手、マリリン・マンソンのファンだった。マンソンはいかにも怖い格好をしていて、「良識的」市民からすれば嫌悪感を覚える歌い方で振舞っている。社会はマリリン・マンソン叩きに走ったが、ムーアは実際どうなのだろうとマリリン・マンソンに突撃取材する。

マンソンは、自分たちは格好の標的になるだろうと答える。自分達は叩かれるが、毎日流れる衝撃的ニュース、政府の戦争参加、アメリカ国民全体を覆う攻撃性は批判されないだろう、大統領の政策と事件が関係しているなんて誰が考える?という。

インタビューに真摯に答えるマリリン・マンソンがやたらかっこよく映る。これはまあ製作者であるマイケル・ムーアの演出である。たいていの大人、警察とか政治家とか金持ちはムーアの質問を相手にしない。事件の被害者、不良っぽい若者など偏見の目で見られている人はインタビューでまともなことを言う。

銃乱射犯人と同級生だったという女子高校生にムーアはインタビューする。何の授業で一緒だったの? と聞くと「ボウリング」と答える。犯人の少年らは、事件を起こす1時間前にもボウリングに行っていたそうだ。ここでムーアは、弾を投げて的を倒すボウリング場のシーンを引用しながら、何故マリリン・マンソンの音楽と事件の連関は批判されて、事件一時間前に犯人がやっていたボウリングは批判されないのかと問題提起する。

ボウリングは見た目から無害と思われているが、言ってみれば銃撃ゲームの代償だ。ボウリングの攻撃性を批判しても、たいていの人は、何変なこと言ってるのこの馬鹿と思う。「良識」ある人は過激なパフォーマンスをするマリリン・マンソンを弾劾するが、ムーアは見た目に流されやすい世論に疑問を呈す。

さらに秀逸だったのは、カナダとUSAの比較。アメリカでは他国に比べておそろしい数の銃撃事件が起きているが、カナダは諸外国並みに発生数が低い。何故アメリカで多くてカナダでないのだろうとムーアの調査が始まる。

アメリカは他人種国家だから銃事件が多いのだろうか?
カナダも他人種国家である。

アメリカでは人の攻撃性を増す娯楽作品が溢れているからだろうか?
カナダ人はアメリカの映画をよく見ているし、攻撃的テレビゲームも楽しんでいる。

アメリカ人は銃をいっぱい持っているからだろうか?
カナダ人も銃を愛用している。

ではなぜ? ときて、ムーアはカナダに、少なくともアメリカ風の貧者、スラム街がないことに気づく。弱者救済の福祉がしっかりしているのだ。公共の福祉を尊ぶ考えがカナダでは浸透している。

カナダはまた、みな家に鍵をかけていないという。ムーアは試しにノックなしの突撃インタビューをしてみるが、どこの家も簡単に扉が開く。そういえば私も田舎の実家にいた頃は、鍵なんて閉めたことがなかった。東京に来てからはいつも鍵を閉めている。都内に住んでいる友人で、鍵を閉めていない人がいると、あいつはいつも開けっ放しだと笑いの対象になる。鍵を閉めない人からすれば、家にいるのに鍵を閉めるのは不思議に思えるらしい。ムーアは開けっ放しで泥棒に入られないのかと聞く。寝ているうちに物を盗まれたと二人答えるが、彼らはそれでも鍵を閉めないと笑っていう。酒と小物を盗まれたくらいで、泥棒は子どものいたずらだという。アメリカ人の多くは二重三重に鍵を閉め、家には銃もおいて侵入者を絶えず警戒している。

工場の近くにはスラム街があり、貧富の差がはっきりしている。学校にいるときから勉強しないとだめ人間になると教えられる。テレビではいつも凶悪犯として黒人が映し出され、人種差別と必要ない恐怖心を拡大させる。

ムーアはコロンバイン高校銃乱射事件で体に銃を打ちこまれた人を、Kマート本社に連れて行く。Kマートで売られていた安い弾丸が彼らの体にはまだ残っている。ムーアはKマート会長に被害者との面会を求める。出てきたのは広報担当の管理職女性。Kマートで撃っていた弾丸が彼らの体に入っている、会長に会いたいというと、広報担当者は、会長は予定が入っていて会えないという。Kマートでは事件後狩猟用の弾丸しか販売しないようにしたともいう。他に責任者はいないのかと問い詰めるムーアを見ていると、大学生時代の自分なら、「本当企業は逃げ回るな」とムーアと一緒にいらついたことだろう。しかし、企業生活を経験すると、広報担当者の方に同情する。会長を出せと言われても、アポがない、映画を撮っている人がアポなしでやってきたら広報担当者が出てきて当然の対応なのだ。彼女は広報担当の役職を持っているから、軽々しく意見は言えない。会長は予定が満杯で当然だろうとも思う。

待って2時間後、広報担当者は商品部門の責任者を連れてくるが、二人は話を聞いてすぐ帰る。他に誰か連れてきてと頼んだ後、さらに2時間待っても誰も来ない。本当大企業って最悪と大学生時代の私なら思うだろうが、企業生活の実情を知っていると、まあこんな対応だろうなと納得できてしまう。階層型組織で動いているのだから、これくらいの対応しかできなくて当然と思える。

そんな私でも、全米ライフル協会会長のインタビュー態度にはいらついた。組織の下部で動いている人間の場合、言いたくても言えないことがあるから、真摯な対応ができなくてもしょうがないと思うが、トップの立場なら邪険に扱わず真摯に対応して欲しいと思う。まあこれも、私がなんらかの社会的組織のトップの立場にいたら、その仕事の面倒くささがわかるので、ライフル協会会長に同情的立場をとるようになるのかもしれない。しかし、今の自分からすると、そうはなりたくない。どんなインタビューにも真摯に答えて欲しいと思う。よく考えれば当然だが、組織に属する、たいした権力のない者でも、精一杯の誠意を示して欲しい。

初めはブッシュ政権を批判した「華氏911」の方が面白そうと思っていたけれど、いざ見始めると、銃社会が、インディアンを征服した建国の歴史から検証されていく。大統領、他国への爆撃、マスコミ報道、貧富の差、他国との比較などなど、銃をきっかけにアメリカ全体の現実が分析される。大統領からスラム街まで、社会の全て、歴史・政治・経済をおさめている、古典的様式の作品造りなのだが、ごくごく小さな世界を克明に描写することに固執する最近の創作物に比べたら、その視点の大時代的構えが刺激的だった。

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