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映画評:ヴィスコンティ『地獄に堕ちた勇者ども』

この記事の最終更新日:2006年4月23日

地獄に堕ちた勇者ども
地獄に堕ちた勇者どもダーク・ボガード ルキノ・ビスコンティ ヘルムート・バーガー

ワーナー・ホーム・ビデオ 2006-02-10
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(以下の映画評は2001年8月に別サイトで発表済みの文章をもとに作成しています。)


ナチズムの狂気を描こうとすれば、普通に考えれば虐殺される様子、戦闘シーン、他国の被害の様子を描こうとするかもしれない、ハリウッドの戦争映画のように。しかしこの監督は一切そういう直接的な表現をとらなかった。それがかえってナチズムの醜態を克明に描き出すことになる。間接的に描くことに徹し、内部に抱える深い矛盾を暴いた。ヒステリックにナチスを告発するものよりも、よほど的確にナチズムの姿を描いている。

ドイツ国内のみの描写である。戦争シーンもない。ナチスと関係する鉄鋼業の富豪一族の内紛を描く。この一族にナチの在り方が投影される。長になるには、前社長の血をひいているか、同等の資格がなければならない。前社長の妻ソフィは金髪で白い肌である。彼女は純血で美しく完全なアーリア人の象徴である。しかしベッドシーンでの彼女の裸体はやはり年老いたものであり、完全なる美の体現ではない。社長の座につこうとする者は彼女の愛を得ようとする。その誰もが金髪でない。男の中で唯一金髪なのはアッシェンバッハである。彼は一族の権力争いには加わらず頂点に立つ気もない。長を作り上げ陰で支配しようとする。彼はソフィアを巡る恋愛関係にも巻き込まれない。彼はナチズムを支配する言説の象徴であろう。

ソフィアは愛するフリードリヒを一族の長の座におこうとする。一族という集合人格的統治から、全くの部外者である彼を自分の新しい夫とすることで、個人的統治への転換を図りたいのだ。彼女の提言に対してアッシェンバッハは、個人への権力の集中は避けたい、常に対抗する権力をおくことが必要だと諭す。権力の集中化を避けたいといいながら、アッシェンバッハは集合人格が権力への欲望のもとに極度に集中し一体となり、狂気の力を宿すことを望んでいる。長は能力がなくても誰でもなれるので、誰もが長になろうと権力への意志を働かせる。権力に対する欲望を誰もが持つようになると集団は狂気に踊る。

対抗権力とは権力へ歯向かう者のことを指すのではない、アッシェンバッハの意図にそわない者達はすぐ殺されるのだから。対抗権力とは権力過程の枠外に居続けるアッシェンバッハ自身である。彼は集団の長への対抗権力なのである。彼は思考能力のない長を統御し、監視しつつ、絶えず次の長を探し続ける。権力への欲望によって狂気する集団を支配し誘導するのは外にあり冷静なアッシェンバッハである。ナチズムの見事な象徴となっている。現実のナチズムではアッシェンバッハなる人物は存在しない。彼はナチズムの陰にひそむシステムの人格化なのだ。そのかわり現実のナチズムの象徴であるヒトラーは映画の中では話題になるが役としては姿を表さない。ヒトラーでなくてもよかったのだ長は。いったんヨーロッパ統一という狂気に走り出した集団にとって長は誰でもよい。この狂気はその他の全体主義のありようも表している。権力というものが皆に意識されることによる狂気のありようを的確に映画は描いている。

権力への意志は生き残りたいというエロスの意志である。それは同時に邪魔者を消し去る意志にもなる。エロスとタナトスの奇妙な共存。同性愛的描写を伴った狂乱した宴の後に惨殺される兵士たち。冗長ともいえる宴の後のナチ内部の殺戮は、感覚が麻痺し堕落しきった狂気を映し出す。同性愛、幼児への愛、子持ちの年老いた女性への愛、近親相姦と倒錯的なエロスが展開され続ける。ラストで、フリードリヒとソフィアの結婚式が行われる。結婚することは倒錯から解消されることを意味するので、二人は式中別室でアッシェンバッハに殺される。彼が二人を処分した後、式場に戻ってくると皆男女は抱擁し、踊り、エロスに溺れている。地獄とも天国ともつかぬ光景、生の喜びをむさぼっているようで死にかけているような人間たち。彼は侮蔑した視線であたりを見回し、蝋燭の炎を吹き消しその場を立ち去る。

監督は全体主義を徹底してメタファーでとらえることによって、残酷さの後ろに隠れていた仕組みと醜さを描き出すことに成功した。それは全体主義への恐怖というより、全体主義を嫌悪し侮蔑する気持ちを観る者に与えてくれる。

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