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ブロンテ『嵐が丘』

この記事の最終更新日:2006年5月28日

嵐が丘
嵐が丘エミリー・ブロンテ

新潮社 2003-06

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ブロンテ姉妹の妹、エミリー・ブロンテが残した唯一の小説であり、英国文学の代表作の一つです。文学研究者だけでなく、一般読者にも広く愛されています。ありのままの、醜くしぶとく力強い、傲慢で自分勝手で寂しがりやの人間が赤裸々に描かれています。

物語は多重構造になっています。語り手が複数いますし、主人公となる二人は複雑な家族関係に身をおいています。ポストモダン的な様態は、近代文学成立以前の、ゴシック小説の様式に従って書かれているため発生しています。

ブロンテは詩も素晴らしいです。

岡洋訳によるブロンテの詩の一節をご紹介します。

まず青春の希望が 潰えさり
次いで空想の虹が またたく間に消えて
それから経験が わたしに教えてくれた
真実は人間の胸のなかには 決して育ちはしない と
人はみなうつろで 卑屈で 不誠実だと
考えるのは まったく悲しいことだった
しかし わたし自身のこころを信じながら
そこに同じ堕落を見出すのは なおさらに悲しかった

ブロンテの詩は徹底的に暗く、孤独の哀しみに彩られています。このような悲哀の内的独白こそ文学独自の表現形態です。エミリー・ブロンテは文学少女の哀しみを一身に背負っているかのようです。

ブロンテの示す人間不信の絶望感に照らし出せば、宗教的説教や左翼のアジテーションは、ひどく誠実すぎて、理論的に完璧すぎて、歴史上今までずっと不誠実で卑屈だった人間という存在によっては、決して成就できない理論のように思えてきます。げんにキリスト教徒の植民地侵略と共産党の独裁政治、オウムと連合赤軍という歴史の悲惨を見ると、宗教や哲学よりブロンテの絶望的な嘆きの方が誠実に思えてきます。それでも新しい理論、教条を打ち立てるのが真面目な哲学宗教の役目だとすれば、口にしてしまっては不届き者!と一喝されるような、言い難き嘆きを歴史に与えるのが、文学の役目だと思います。

人生の絶望を嘆くブロンテが敬虔なキリスト教徒であるわけもなく、「嵐が丘」の中では、熱心に説教する使用人のジョウゼフが、風刺の対象としてあらん限り滑稽に描かれています。キリスト教の倫理的教えがもはや何の権力も持ち得ないような現代日本にいる私たちからすれば、ペトロの残した文章はひどく立派なものに思えるのですが、国教会という制度のもとに、興味もない国民全員にキリスト教がおしつけられていたヨークシャーのブロンテからすれば、ペトロの言葉はおしつけがましい説教にしか聞こえなかったのでしょう。

同時に「嵐が丘」では、科学的な一つの全てを見通す視点などあり得ないと嘲笑するかのように、様々な視点から物語が語られています。極悪人として描き出される人物の極悪性は、登場人物の一人である語り手の偏見に基づくものかもしれず、もしかしたら、実際の彼はもっとましな人間かもしれないと読者は推測できます。複数の価値観がひしめき合い、決定的真実の確かめようがない「嵐が丘」の真実らしい世界観では、キリスト教の教えが絶対的に正しいと言い切れるはずはないだろうし、あらゆる理論、主張は、別の立場からしたら嘲笑と軽蔑の対象になりえます。このような厳しく哀しい現実をブロンテは示してくれています。

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