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書評:デカルト『方法序説』

この記事の最終更新日:2006年4月23日

方法序説
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デカルト Ren´e Descartes 谷川 多佳子

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「世界の名著リバイバル!」と銘打っておきながら、デカルトについて取り上げないのはいかがなものかと思い、中央公論社『世界の名著 22 デカルト (22)』を読みました。「世界の名著」には「世界論」、「方法序説」、「省察」、「哲学の原理」、「情念論」、「書簡集」がおさめられています。デカルトの主要作網羅ですね。

「世界の名著」で何より楽しみなのは、冒頭にある翻訳者の解説文です。野田叉夫さんによる「デカルトの生涯と思想」は非常にためになりました。


デカルトは何かと批判される思想家です。体と心をわけて考え、合理的分析的に考えることをすすめたデカルトは、近代合理化学の哲学的基礎づけを行なった人として、反近代主義の文脈では必ず批判されます。考える自分だけは確かだという「我思う、ゆえに我あり」の主張は、主体・真理を否定するポストモダンの現代思想家に批判されました。オカルト系の超越主義者にもデカルトは批判されやすいです。かわいそうなデカルトですが、実は、彼が生きていた当時から、デカルトはずっと批判にさらされていたのです。

当時のヨーロッパはキリスト教の価値観が絶対的に君臨している時代。デカルトは神の存在自体は否定しないのですが、その科学的、かつ人間中心の思考法は、神を冒涜するものとして社会の批判にさらされます。ガリレオなど当時進んだ科学思想家は、みな命をかけて自分の学説を述べていました。

デカルトやガリレオらの学究精神がなければ、現代社会は成り立っていないと思います。我々の生活システムは、当時の思想家に多くを負っています。もちろん現代社会では様々な問題が発生していますが、デカルトを一方的に批判することは過ちだとも思います。

自身の生い立ちから、思想的変遷を述べた「方法序説」でデカルトは、若い頃薔薇十字など、神秘思想集団に接触したことにも触れています。デカルトは当時のヨーロッパ一級の学問を学びましたが、それでは足りないと思いました。デカルトが学問および人生に求めていたのは、良識すなわち理性です。理性とは、真なるものと偽物を分ける能力だと言います。真理の探求こそ、善で有益な仕事だというデカルトの考えは、プラトンにまでさかのぼる知の伝統にのっています。

学問は書物による古典学問を学んだ後、一切の書物、教養を捨てて、俗世を旅することにします。自分が経験することから、確かな真理をつかむこと。これは実験を繰り返すことで、確かな法則をつかもうとする自然科学者の態度です。自然科学の方法論が、方法序説に述べられているというわけです。

人の意見に流されず、自分で何が正しいのか確かめること、確信できたものだけを真理として積み上げること。

科学者の道徳的・社会的意義が最近問題にされます。科学的認識の基礎づけを行なったデカルトは、道徳についても明確に規定しています。真理を認識することが善であり、道徳だというプラトン哲学の継承者たるデカルトは、4つの格率を定めています。格率とは、行動指針のようなものです。

第一に、国の法律と習慣によく従い、宗教心をしっかり持ち続け、穏健な、最も分別ある人々の意見に従って、自分の意見を導くこと。デカルトは、普通の市民が持っている感性の確かさを尊んでいたのです。

第二に、きっぱりとした態度で行動すること。疑わしい意見でも、それを採用しようと決心した後は、きちんとした態度でそれにのっとって行動すること。

第三に、運命よりも自己にうちかつことにつとめ、世界の秩序よりも自分の欲望を変えようとつとめること。完全に支配できるのは自分の心だけであり、外のものを欲して得られなくても悔やまないこと。この部分はストア派哲学の影響が濃厚です。心だけが確かな我であるという哲学は、よく考えればストア派です。

第四に、かかげた三つの道徳の結論として、人々の仕事をすべて吟味にかけた結果もっともよいと思われた仕事、すなわち理性開発、真理認識の仕事を続けること。

冷静な科学者っぽいデカルトが、実はすこぶる道徳の人だということがよくわかる決意宣言です。

理性の人デカルトは「情念論」という書物も著しています。情念論では、能動的な意志に基づくに対して、本人の意志や理性に関係なくわきおこってくる受動的情念について書いています。受動的情念を以下に自分でコントロールするかが課題となります。善に基づく感情をわき上がらせること。欲望についても、悪いものを欲するのでなく、社会をよくするものを欲しようという意志を持つこと。感情のコントロール理論は昨今流行したEQと等しい考えです。

周りに流されず確固たる人生を歩むことがデカルトの生きる道です。人の批判をおそれず、自分で検証した真理を述べること。哲学史の革新者はしかし、きわめて道徳的な人でもありました。科学技術の根底に道徳をおくこと。

頭がいいということと、良識があるということは、古典世界では同義でした。現代ではIQとEQといって、知性と道徳を分けて考える傾向がありますが、知性=良識、真と善と美は等しいというプラトン哲学を備えた知性人が増えることを望みます。

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