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書評:オルテガ『大学の使命』

この記事の最終更新日:2006年4月23日

以下の書評は2005年1月に別サイトで発表済みの文章をもとに作成しています)
大学の使命
大学の使命


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引用は、オルテガ・イ・ガゼット『大学の使命』井上正訳、玉川大学出版部、1996年を使用しました。


 原著は1930年、オルテガの主著『大衆の反逆』出版と同年である。貴族主義的、エリート主義的大学観が述べられる。この特権階級的語りに影響されすぎて高慢にならないためには、柄谷行人翻訳による在野の哲人、エリック・ホッファーの『現代という時代の気質』をあわせ読むといいだろう。げんに私はホッファーのその書を今度読むつもりである。
 オルテガは専門的、研究的になりすぎた現代の大学に対して、一般教養の必要性を宣言する。オルテガにとっての教養とは下記のようなものである。
『中世の大学は、研究(探究)ということをしていない。職業教育にもごくわずかしかかかわっていない。すべてが「一般教養」ーー神学、哲学、「学芸」(artes)であった。
 ところが今日「一般教養」と呼んでいるものは、中世におけるそれとは異なっている。中世のそれは、けっして精神の装飾品でも、品性の訓練でもなかった。そうではなくて、当時の人間が所有していたところの、世界と人類に対する諸理念の体系であった。したがってそれは、彼らの生存を導くところの確信のレパートリーであったのである。
 生は混沌であり、密林であり、紛糾である。人間はその中で迷う。しかし人間の精神は、この難破、喪失の思いに対抗して、密林の中に「通路」を、「道」を見出そうと努力する。すなわち、宇宙に関する明瞭にして確固たる信念を、事物と世界の本質に関する積極的な確信を見出そうと努力する。その諸理念の総体、ないし体系こそが、言葉の真の意味における教養[文化](la cultura)である。だからそれは装飾品とはまったく反対のものである。教養とは、生の難破を防ぐもの、無意味な悲劇に陥ることなく、過度に品位を落とすことなく、生きて言いくようにさせるところのものである。』(pp22-23)
 何故こんなに長く引用するかというと、名文の調子を味わって欲しいからだし、ほんの少しの引用では誤解を招くだろうからである。
 現代の知的興味は、新聞・雑誌に支配されている。
『何事であろうと、目下世間の評判となっていることを、事柄の展望や全体構造には留意せずに、ただその時点の状態においてとらえるように仕向けてゆく。たしかに現実の生は現在の生である。しかしジャーナリストは、現実的なものから瞬間的なもののみを、瞬間的なものからセンセーショナルなもののみを取り上げるからして、その自明の真理が歪曲されてゆくのである。こうして今日、公衆の意識の中に、世界がまったく転倒されて描かれるという結果を招いている。事件や人物が、より本質的な、より持続的な重要性をもつものであればあるほど、新聞はかえってそれをより小さく取り扱う。逆に、その正体が単なる「出来事」にすぎないもの、ごく簡単な記事で事足りるような事柄が、紙面に大きくもち出されてくる。新聞・雑誌の刊行業者は、繰り返しては恥ずかしくていえないような興味ごときをもってきて、刊行物の内容をつくったりしてはならないはずである。また、日刊新聞の論説は、金銭関係からはきっぱりと離れていなければならぬであろう。そうであるのになお彼らは、自己本来の使命を放棄して、世界を逆しまに描き出そうとする。』(p71)
 大学教育の専門化による生・歴史・知性の断片化は、ジャーナリズムの世界でも等しい。彼らは断片的な事実のみを伝えて、歴史や全体の展望をなおざりにする。大衆が知りたい事件ばかりをつたえ、環境破壊など永続して続いている世界の問題に注意を向けない。
 オルテガは、世界の歴史と学問に精通している知識人を要請する。この書物を読んですぐに連想されたのは、吉田武による『虚数の情緒』である。数学をその始まりから、現代数学まで一冊だけでわかりやすく示そうとする試み、これこそ教養である。本棚で眠っていたあの本を呼び覚まそう。
 とにかくこのオルテガの書は、院生志望者、学問に関わる意志のあるもの、知の営みに参加したいものには、ぜひ読んで欲しいと思う。ポスト構造主義後から見ると、モダンすぎる、西洋中心の考え方が散見されるが、中には現代においても十分生き残る、知のきらめきが存在するからである。

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