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書評:プラトン『ゴルギアス』

この記事の最終更新日:2006年4月23日

(以下の書評は2005年1月に別サイトで発表済みの文章をもとに作成しています)

引用は、中央公論社世界の名著『プラトン1』所収『ゴルギアス』藤沢令夫訳を使用しています。

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冒頭、ソクラテスによる弁論術批判が始まります。弁論術は民衆の快楽に奉仕するもの、市民へのおべっかだとソクラテスが言います。弁論術批判は、快楽の奉仕を行う「えせ技術」全般に対する批判へと発展します。

ソクラテスを継承するもの、すなわち、アリストテレス、カント、デリダ、ジョイスらは、決して快楽(プレジャア)を徳と考える一派、すなわち功利主義者、「大衆」、広告会社、消費者らと意見を等しくしていません。功利主義者の説く快が、肉欲などではなく、精神的・芸術的快であっても、それが快であるかぎり、ソクラテスから始まる「愛知」の学問とは共鳴しにくいのです。私たちは、肉感的なプレジャアを否定し、知すなわち善を愛したソクラテスのロゴスを見ていきましょう。

たとえば、料理法(快)と医術(技術)の比較。

『すなわち、料理法というものはけっして技術の名に値するものではなく、経験的なこつにすぎないとぼくには思えるが、これに対して医術のほうは、ちゃんとした技術なのである。なぜかと言えば、一方の医術は、自分が世話をしてやる対象の本性も自分がとりおこなういろいろな処置の根拠もしっかりと研究していて、そうした一つ一つのことについて理論的な説明を与えることができる。これに反してもう一方のものは、快楽の提供を目あてに奉仕するのがその仕事のすべてなのであるが、この快楽という目標に向かってゆくやり方はと言えば、およそ技術的ということからはほど遠く、快楽というものの本性も原因もなに一つしらべるわけではし、理論のひとかけらさえなく、分類して数えあげるということなどはぜんぜんしないと言ってよい。要するに、熟練と経験にたよって、ただ、ふつうどうすればどのようになるかを記憶にとどめておき、それによって快楽を与えることに成功しているだけなのである……。」(p348)

 医術に対するソクラテスの言葉は、学問一般の定義づけだとも言えます。西洋発の学問体系は、すべからくソクラテスらギリシア哲学を基礎としているのです。

ソクラテスは、魂の領域においても、快にのみ奉仕するものと、そうでないものがあると言います。

『つまり、その一方は技術の名に値するものであって、何が魂にとって最善であるかをかならずなんらかのかたちで慮るような仕事、これに対して他方のものは、そういうことは無視して、ちょうどさきの身体の領域においてそうだったように、ここでもただ魂の快楽のことばかりを考え、どうすれば魂に快い感じがもたらされるかということだけを研究して、そうした快楽のうちでどれが善くどれが悪いかというようなことは考察もしなければ、もともと関心の対象にもならない。関心を向けるのは、ただもっぱら、それが善いことであれ悪いことであれ、とにかく相手の気に入るかどうかということだけである。』(pp348-349)

善とは何かと明確に言い難いですが、人の機嫌を伺うことではないでしょう。人に好かれることばかり考える、視聴率、アクセス率、購買率重視の意思決定法は、多様性、マイノリティの否定であり、規範的文化への同一化の強制、すなわち全体主義を奨励しています。

『人は自分の住む国の政治形態に自己を同化させながら生きてゆくのがいったい、最上の生き方なのであろうか。すなわち、いまの君の場合なら、君がアテナイの民衆に好かれて、この国の有力者になろうとするなら、君はできるだけ、アテナイの民衆に似た性格の人間にならなければならないのだろうか……。』(p373)

人の歓心を買おうとすること、人まねをすることは、衆愚政治を呼び起こします。誰にでも受け入られる言辞を話す者は、聞こえの言い言葉を待ち望む聴衆と一緒に、どこまでも堕落していくことでしょう。人にこびるため、自分の価値を勝ち誇るためにでなく、ただ世界を知ろうと、道理を探求しようとする愛知の人になりたいものです。

ソクラテス、つまりプラトンは、ギリシア悲劇を否定しました。悲劇は観衆の快に奉仕するものだからです。しかし、近代以降の芸術における詩的言語とは、聴衆の理解を求める言葉でなく、聴く者に異化作用をもたらす言語です。日常的な言語使用の貨幣的交換を超え出て、常識に異化作用をもたらす言葉が、近代以降の詩的言語です。

自他の快楽に奉仕するのでなく、大勢の興味関心を惹こうとするのでなく、常識を疑うこと、しっかりと社会を研究して、一つ一つの問題に的確に答えられるようにすること。何が大事なのかわかっていること、よく考えること。

『だから、ぼくは、いつだって、人に語りかけるばあい、自分の言葉によって相手の歓心を買おうと念じるようなことはけっしてない。ぼくが話すときの目標は最善のことがらにあるのであって、最も快いことには向けられないのだ。それにまた、ぼくには、君が推奨すること「そんな気のきいたふうなこと」をやろうという気持ちもない。』(p393)

うつろいやすい人の心に翻弄されるのでなく、自分自身の、現代社会の最重要課題に取り組むこと。こうした強い姿勢は、粘り強く哲学を学ことによって、人生に根づくことでしょう。

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