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(以下の文章は2001年9月に別サイトで発表済みの文章をもとに作成しています。)
芸術との対称で恋愛は理解される。芸術については『失われた時を求めて』の芸術観についてをご覧ください。
恋愛では芸術のように心の真の交流、永続的満足が得られないというのが語り手の意見である。愛情、好意への感謝、永久に二人でいたい欲望を思いのままに打ち明ける夢、まだ恋愛を経験していなかった頃の主人公はこれらを恋人に伝えることができたらと夢想していたが、これらの感情表明は相手にそのまま伝染しえないということが後に分かった。二人の心がそのまま交流することは不可能なのだ。それができたと思えても、時の作用ですぐ関係は変化する。自己の感じている現実は想像以上に独特のもので、伝達することは容易ではない。自己の内的世界をそのまま表せるのは芸術製作のみであり、作品に触れることで人ははじめて製作者の思想を理解できる、魂の交流ができるという結論に至るのである。会話には話者の無意識的な言外の意味が絶えず含まれるので、話し言葉では正確な意志を相手に表明することなど滅多にない。皆、本心と違うことを相手への気遣いや、日常的マナーや、私利私惑によって歪めて口にしているのだ。故に真の魂の交流をするための唯一の手段である芸術製作に向かうことが、真に生きるということになる。
会話や恋愛をいくらこなしても決して満たされることはないのだ、表面を空回りするばかりで、そこからは得られない深く変わることのない満足を得ようとしているのだから。恋愛とは主観的快楽である。相手の中に快楽はない。人は事物の反映であり、流動的なイメージである。その人への思いがある限り、私の中でその人は生きる。恋人とは恋人に向けた思いの束であり、思いが消えればその人も存在しなくなるし、別の人に思いが向けられば、それが新たに恋人として見出されるだろう。恋愛は忘却しやすく、芸術のように永続性をもちえない。恋愛に没頭している時は、じっくり眺め考えることができないので、芸術のような構成美を描き出せない。芸術製作には強い意志が必要だが、意志の弱さは肉の快楽を求めることにつながる。肉の快楽とは、すなわち他の誰にとっても同じ快楽であって独創性をもちえない。実人生の美などすぐ消え去る芸術以前のものだ。恋愛すなわち情熱は持続不可能であり、持続のないところに芸術は生まれない。天国を示すのに、恋人のような地上の美で代用してはいけない。真の美とは別のもの、独特のものであり、恋愛による物質的な美とは程遠い。 また、恋愛のように利害関係があるところに芸術は生まれない。利害関係があると、芸術における流派や理論のように関係性は絶えず代わってしまう。見返りを期待しないことこそ芸術製作に必要な前提なのだ。神秘性も芸術には必要だが、恋人を知ると神秘が消えてしまう。
主人公は深い愛を知らないのではないかという反論がそれでもあげられる。作品中で主人公が行う恋愛は相手に愛情が注がれておらず、嫉妬と浮気に満ちている。この嫉妬と浮気は主人公の性格から説明されるべきだろうか。サン=ルーが「すべてに美を愛する人間が、ひとりの女の中でその美に出会ったら、誰よりも苦しむ運命」と主人公を慰めているし。何かに美を見出したらとことんまで追求し堪能し、深く永続的な快楽を得ようと努めている人が、恋人からそれを得ようとしたらはかない結果に終わるのは目に見えている。どこかの恋愛心理の本で「男性はすぐに深い交流を恋人に求めたがる、一緒にいたら話さなくてもよい、肉体的接触や性交に相手との絆の確認を見出す。それに対して女性は会話によって相手との絆の確認を見出す、絶えず会話をし続けること、会話によるお互いの自己開示の方に絆の確認の重点を置く。ここに男女のすれ違いの原因がある」とあった。大雑把な俗説だが、語り手の苦悶にあてはまらくなくもない。
それでも恋愛の在り方に稚拙な点はみられなくもないが、これが同性愛の描写となると、同性愛者の苦悩が的確に体験できるようで納得のいくものとなる。異性愛の描写が何故あのようにうぶなものだったかといえば、それは人間であるプルーストが同性愛者だったからではなかろうか。同性愛者はプラトニックな傾向が大であるが、そのくせ性的快楽は同性なのですぐに得やすい。多くの人の中から同性愛者を一目みただけですぐに見出せる。そして見つけた同じ性質の者に、その者同士で通じる言葉をかければ、すぐに深い関係が結べる。その分、社会的制裁を気にして自分に対する抑圧であるとか、ばれないようにとりすますことが必要になる。さて、女性に対してもこのように迫ろうとしてもなかなか通じるものではないし、精神の交流も肉体の交流も満足には得られないだろう、同性なら必要ないつまらない駆け引きをしなければいけないから。両方ともという人もいようが、同性だけという人は、異性に対してはすぐに深いところまで交流したいのになかなかたどりつけず、いたってそういう人は感受性が鋭いだろうからちょっとしたことで傷つきやすく、異性を好きになってしまったらひたすら悲しみ続ける運命にあるのではないだろうか。
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