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書評:プラトン『ソクラテスの弁明』

この記事の最終更新日:2006年4月23日

(以下の書評は2005年1月に別サイトで発表済みの文章をもとに作成しています)

ソクラテスの弁明
ソクラテスの弁明 プラトン

中央公論新社 2002-01


関連作品
パイドンー魂の不死について
饗宴
ニーチェ入門
デカルト『方法叙説ほか』
デカルト『省察・情念論』


引用は、中央公論社世界の名著『プラトン1』より『ソクラテスの弁明』田中未知太郎訳を使用しました。


ソクラテス裁判における本人の弁明です。ソクラテスは、アテナの街角で哲学的対話を繰り返していました。行政に反することでも真理だと思ったことは言いたい放題、少年たちの中にもソクラテスに心酔する人間があらわれます。当然ソクラテスをよく思わない人々も出てきます。反社会活動を行なっていると誤解されたソクラテスは、裁判にかけられます。

ソクラテスは、自分の死を免れるために弁明しません。彼の弁明は、愛知すなわち哲学に対する誤解をとくための弁明なのです。

翻訳者による冒頭解説が、哲学とは何なのか、簡潔な答えを与えてくれます。

『なによりも魂を大切にし、無知の自覚に立って知を愛し求め、自他を吟味しつつ生きること、すべての哲学的思想の根本はここにあるのだ』(p408)

自他の吟味。これが終始変わらぬ哲学の営みです。ソクラテスは裁判の場で哲学を擁護します。

『人間にとっては、徳その他のことについて毎日談論するという、このことが、まさに最大の善きことなのであって、わたしがそれらについて問答しながら自分と他人を吟味しているのを諸君は聞かれているわけであるが、これに反して、吟味のない生活というものは人間の生きる生活ではないと言っても、わたしがこう言うのを諸君はなおさら信じないであろう。しかしそのことは、まさにわたしの言うとおりなのです、諸君。ただ、それを信じさせることが容易ではないのです。』(p451)

自他の吟味が素晴らしいということを、ソクラテスは誰にでもあてはまる真理としてではなく、「信じさせることが容易ではない」仮説として語ります。

ソフィストは「人間が万物の尺度である」と語ります。これは相対主義、真理の多元主義です。対してソクラテスは、真理は一つであるとし、唯一である真理の解明を行うことこそ哲学であると述べました。というのが倫理の教科書的説明です。

しかし、実際プラトンが書いたソクラテスは弁明の場で、「自他の吟味」、愛知の営みは、最善だと信じるしかないものだとはっきり言っています。真理は話し合いの中から否定しえないものとしてたちのぼる事実ではなかったのしょうか。そうではなくて、信念として、正しいと信じるしかない宗教的事象なのでしょうか。「真理は真理だと信じるしかない」というパラドキシカルな考えは、『パイドン』でより鮮明に語られることになります。

ソクラテスは、己を死刑と判定したアテナイの市民に、知を愛し求めることを最後にすすめます。

『とはいえ、わたしがかの人たちに求めるのは、ただこれだけのことです。わたしの息子たちが成人したら、どうか、諸君、わたしが諸君を苦しめていたのと同じことで苦しめて、仕返しをしてくれたまえ。もし彼らが、自己自身を善くすることよりも金銭その他のことをまずさきに注意しているように思われたり、また、なんの実もないのにすでに何ものかであるように考えているようでしたら、わたしが諸君にしたのと同じように、留意すべきことに留意せず、何の値打ちもない者なのにひとかどの者のように思っていると言って、彼らの非をとがめてください。そうすれば、諸君がこれらのことをしてくれるときに、わたしは、自分自身も、息子も、諸君から正しい仕置きを受けたことになるでしょう。』(p458)

日本語の善という言葉には、孔子や仏教が定義した意味もこめられているため、日本の読者である私たちは、ソクラテスの説く善と、日本に流通している善の考えを混同してしまいます(ソクラテスは、孔子とブッダと同じ時代に生きました。三人とも善について語り、いずれも書物を残さなかったことは、人類史にとって奇妙な驚きです)。ソクラテスの説く善とは何でしょう? 他のプラトンが書き残した書物で語られたように、人の機嫌をうかがうことではなく、金銭や名誉を求めることでもなく、自己本位に傲慢になることでもなく、ただひたすら世界の真理を求めること、真理認識の道こそソクラテスにとって善なのです。たとえ見出された真理が、真理だと信じるしかないものだとしても。

処刑が決まったソクラテスは、島に流されます。師を追った弟子たちとの対話によって、さらに真理への認識が深まっていきます。

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